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受賞の言葉と研究計画


秋野豊賞受賞の言葉

クロス京子(くろす きょうこ)
神戸大学大学院法学研究科博士後期課程在学

 この度は、第11回秋野豊賞を受賞することができ、大変光栄に思っております。厳しい研究者の道のスタートラインに立ったばかりの私にとって、この賞の受賞は大きな励みであると同時に、また賞の名に恥じぬ研究をしなければならないという責任も感じております。研究計画を評価してくださった基金関係者の皆様のご期待に応えられるように、今後も研究に邁進する所存です。  私が紛争後の人々の正義や和解について考えるようになったのは、南アフリカで行われた真実和解委員会の一シーンを見たときに感じた「人はどのように過去を乗り越えていくのか」という漠然とした疑問からでした。未熟な研究ではありますが、暴力や抑圧から立ち上がり「過去」と向きあう紛争後の人々の活動に焦点を当てることで、正義と和解をめぐる難しい「問い」に答えていきたいと考えております。  最後になりましたが、このような素晴らしい機会を与えてくださった、秋野豊ユーラシア基金の関係者の皆様、秋野先生のご家族に心より感謝を申し上げます。



移行期正義(transitional justice)におけるローカルな規範・制度の導入メカニズム
―東ティモールのコミュニティ和解プロセス(CRP)の事例からー

クロス京子(くろす きょうこ)
神戸大学大学院法学研究科博士後期課程在学

 本調査・研究プロジェクトの目的は、東ティモールの事例を通して、紛争後に導入される「移行期正義」のプログラムに、現地の文化的基盤に依拠する「非公式な正義システム」がどのように正式に採用されるのか、そのプロセスを明らかにすることである。
 紛争や抑圧的体制の終結後、過去の大規模な人権侵害や犯罪行為を清算する「移行期正義」は、「正義」追求と秩序優先の「平和」選択の間で揺れ動いてきた。しかし、今日では人権規範の確立と近年の紛争の質的変化を背景に、「処罰か免責か」という二者択一的な選択ではなく、人権や平和構築など、包括的な視点に立つ「正義」追求の制度や手法が複数に組み合わせて実施されるようになってきている。伝統的な価値や規範、地域に固有な信条や制度に基づく紛争解決法が取り入れられるようになったのも、この「移行期正義」の発達の一環である。このようなローカルな非公式正義システムは、外部からの押し付けではない内的な和平推進力として機能すると考えられる。しかし他方で、時に相容れないローカルとグローバルな規範や制度が複合的に用いられるようになったことで、規範や制度間の調整がどのように行われるかという問題が生じている。
 そこで、本研究では上記の問題意識に立ち、東ティモールの「移行期正義」のプログラムに採用された伝統的紛争解決法であるnahe bitiniに基づくCRP(コミュニティ和解プロセス)の導入過程と制度デザイン形成過程を明らかにする。東ティモールでは、24年におよぶインドネシア支配下で行われた住民への人権侵害に加えて、1999年の住民投票後に起こった統合派民兵による大規模な暴力行為が、UNTAET(国連東ティモール暫定行政機構)によって、国際法上の犯罪を管轄事項とする混合法廷である重大犯罪パネルと、比較的軽度な犯罪を取り扱う国内裁判所、真実究明と被害者救済を目的とする受容真実和解委員会で取り扱われた。ローカルな非公式正義システムに基づくCRPは、重大犯罪パネルの対象犯罪とならない軽犯罪を犯した元統合派民兵や住民を社会に再統合するための「和解」を主要な目的とし、受容真実和解委員会の一部門として設置されている。東ティモールの事例では、国内の政府がまだ機能していない国連の暫定統治の下で「移行期正義」の制度デザインが行われ、実施されたことから、その導入過程を追跡することで、国際機関やNGO関係者など平和構築を担う国際レベルで非公式正義システムに対する認識がどのようなものであったか分析できると考えられる。また、CRPは地域の長老たちや教会関係者の提言がきっかけになって導入が検討されるようになり、実際に制度デザインにあたっては国内各地で公聴会やワークショップが開かれ、地域住民が積極的に関わっている。このことから、東ティモールのCRP設置過程を追跡することで、国内レベルの働きかけがどのように国際レベルの規範や制度構築に連動したのかも考察できるものと思われる。
 
具体的な調査としては、東ティモールに赴き、国連機関やNGOの関係者による報告書や論文など資料収集に努めるとともに、実際のCRPの制度デザインに携わった関係者への聞き取り調査を行う。聞き取り調査の対象としては、国内レベルの関係者として、現地人権NGO、教会関係者、元政治犯や政党組織を念頭においている。国際レベルでは、UNTAETやUNHCRなど国際機関、受容真実和解委員会の関係者、さらに国際機関や国際NGOの委託によって現地調査を行った文化人類学者も聞き取り調査の対象として検討している。また可能な範囲で、CRPが実施された村に赴き、住民に聞き取り調査も行いたいと考えている。
 
本研究の成果としては、従来の国際レベルから国内レベルに規範が伝播・受容されていくという国際関係論の主流な研究に対して、一律的な西洋的司法制度だけではなく、ローカルな非公式正義システムを用いようとする試みから推測されるように、「移行期正義」の分野において規範やアイディアの伝播が国際・国内からの双方向で行われていることを実証できるものと考えている。また、上記のような学術的な意義に加え、今後の国際的な関与による平和構築支援において、「移行期正義」にどのように現地制度や実行を採用すべきかについて考察する一つの材料を提供できるものと期待する。本研究によってどのような制度デザインが移行途上の社会に有効であるのか検討を試みたい


秋野豊賞受賞の言葉

久保珠美
東京外国語大学大学院博士後期課程在籍

 私は、大学院地域文化研究科での研究の途上で在タイ日本国大使館に勤務し、草の根無償援助の担当を通して、ビルマとの国境地帯の難民キャンプを幾度となく訪問し、人間の安全保障の重要な一領域である難民問題に実践的に取り組んで参りました。その経験の過程で、これを生涯の研究テーマとする決意を新たにしていたその時に、第11回秋野豊賞授賞という光栄に浴し、現場経験に基づく研究を志向する私の姿勢に温かい励ましを頂いたものと感じ、まさに身が引き締まる思いが致しております。本国の政治情勢の帰結としての難民の継続的流入、難民条約批准を果たしていないタイ政府の方針と対応、キャンプ内での難民による自立の営みと内外からの支援アプローチ、周辺地域・住民との関係、第三国定住、時の流れがもたらす文化的・民族的アイデンティティの維持と喪失の相克等、難民問題の実相は極めて多様にして複雑であり、人間の安全保障としての考察にも、複眼的・複合的視線と実情の変遷に対応するダイナミックな分析視覚が要請されており、新たな学問的地平であることを痛感させるものがあります。これとともに、日本政府もアジアで最初となる第三国定住受け入れを表明する等、こうした重要な意義を持つテーマへの取り組みに時宜に適った支援を提供して下さった秋野豊基金の皆様、審査に携わった頂いた諸先生方、そして秋野先生のご家族の皆様に心からの感謝の念を捧げる次第です。有難うございました。


タイ−ビルマ国境地域の難民キャンプに見る「人間の安全保障」
−安全共同体としての国家と少数民族の紛争の狭間に生きる人々−

久保珠美
東京外国語大学大学院博士後期課程在籍

1. 目的・アプローチ・対象   
 本調査研究は、「人間の安全保障」という概念が難民という文脈で持つ歴史的経緯とその実現手段としての「上からの保護」と「下からのエンパワーメント」が持つ現実的意味・インパクトを抽出することを目的とする。調査のアプローチは2つあるが、第1は、オーラルヒストリー手法であり、史実あるいはこちらから一方的に持ち込んだ分析枠組みから掘り下げて行くのではなく、生の体験を聞き取ることによって、難民が持つ「紛争や歴史に関する内なる認識・意識」を発掘するものである。第2は、各種のマクロ・データ、情報、難民政策、実際の支援活動の枠組み・内容を捉えるアプローチ、すなわち総論と(聞き取り調査以外の)各論を構成し、難民問題の「背景状況」を描き出す。主たる調査対象は、タイ−ビルマ国境地帯に所在するキャンプ内外に居住し、ビルマ人向け医療機関で受診し、ビルマ人僧侶による説法会等に集う難民のほか、政府・民間の難民支援団体・諸機関の職員等であるが、可能な範囲でキャンプ周辺地域住民、ビルマからの移住労働者、越境者、国境定住者等も含める。

2. 調査対象地点の状況
 
本調査研究は、国家も含めて対立・紛争する諸勢力を「安全共同体」と捉え、1962年に議会制民主主義から社会主義に移行したビルマの状況を安全共同体間の紛争が国家に対する諸エスニック集団の蜂起という形で展開するものと見做す。最大のカレン族およびカレニー族は、タイ−ビルマ国境沿いで分離独立闘争を継続的に展開しているが、他方でビルマからタイへと国境を越えて逃れる難民の大量発生をもたらしている。タイ領西部の地域7ヶ所の難民キャンプには、主にカレン族、北西部のメーホンソーン県2ヶ所にはカレニー族が難民として仮滞在しているが、タイ政府が人道的観点からの庇護は与えつつも、「偽装難民」、「移住労働者」との立場からの強制送還等を行い、アムネスティやヒューマン・ライツ・ウォッチ等の非政府組織(NGO)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から非難され、国際的圧力を招来する等、多様なアクターの行動・関与が複雑に絡み合う様相を呈している。
 一方、「人間の安全保障」概念に基づく支援は、「上からの保護」と「下からのエンパワーメント」を掲げているが、難民キャンプでも、それらが実態として展開している。一時的措置としての庇護が提供され、第三国定住への準備、将来実現するかも知れないタイ社会への参入(例えばNGOの働き掛け等によって、タイの公立学校による移住労働者の子女の就学受け入れも、実態的に始まっている)・本国帰還の可能性を見据えて、NGOを中心とする難民の自立化に向けた各種教育・職業訓練と文化的アイデンティティ保持のための活動等を含めた保護とエンパワーメントが行われつつある。

3. 調査の成果
 
第1は、1984年以降に祖国ビルマからタイ側に逃れてきたビルマ難民、すなわち政府に自治権を求めてきたが認められず、武力紛争へと突入した安全共同体としての少数民族(カレン、シャン、モンといった人々)が語る彼らに対する人権弾圧や強制労働とそこから逃れてきた難民としての歴史認識の解明である。
 第2は、自立に向けた住民組織化と援助の受け皿組織(キャンプ委員会)の機能の実態と、これに関わる外部の諸支援主体との相互関係を通してみる「保護」と「エンパワーメント」という人間の安全保障の実相とその効果の把握である。キャンプ内の運営は難民によって選出されたキャンプ委員会が自主的に行っており、食糧配給、保健・医療、職業訓練を含む教育等の小委員会を持ち、援助の受け皿として機能している。他方、キャンプ自体は、タイ内務省、県庁、郡庁、森林庁といった行政組織とタイ陸軍の監督下に置かれ、UNHCRが難民保護を担当し、NGOは衣食住から学校教育、保健・医療に至るまでの援助活動を実施している。
 第3は、難民の民族的アイデンティティの維持・喪失の相克と人間の安全保障との関係、およびそれに関する難民の意識の解明である。その1つは、第三国定住がもたらすビルマ難民の個々人が持つ将来展開の可能性の飛躍的拡大と、それとトレード・オフになる民族的アイデンティティの喪失に関するもの。2つ目は、タイ社会への同化がもたらす民族的アイデンティティの変質。キャンプ内の高齢者活動では、カレン族の民話や詩の記録・収集が行われ、それらを出版してカレン文化の保存・継承につなげようとの努力がなされ、伝統舞踊・伝統楽器教室等も開催され、民族的アイデンティティの希薄化を防ごうとしている。他方、タイ社会への参入・同化の契機が見え始めている子供や若者はタイ語を学び、関係組織の連携の下でタイの公立学校への就学や職業訓練校との関係が形成され始めている。難民という文脈での人間の安全保障アプローチに内在する反対方向のベクトルが難民コミュニティにもたらす影響を解明する。

 


 


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