秋野豊賞受賞の言葉
東島雅昌(早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程現代政治領域)
第10回秋野豊賞を受賞することができ,大変うれしく,光栄に思います.
秋野豊先生の母校でもある早稲田大学政治経済学部に入学したのち,右も左もわからないなかで政治学の様々な分野の本をとにかく読み進めていくうちに,私は政治学に魅了されていったのですが,その読書リストのなかに秋野先生の『偽りの同盟』がありました.以来,私自身も,広く多くの読者の知的好奇心を喚起するような研究をしたい,と考えるようになりました.
その後,私は政治学のなかでもとくに比較政治学を専攻し,体制変動や紛争の研究をするなかで,はからずも中央アジア政治に興味を抱き,さらには現地に赴いて調査を行う必要性と重要性とを痛感するようになりました.そうして,副指導教授である伊東孝之先生のご指導を仰ぎながら,日常的に秋野先生にまつわるさまざまなエピソードを伺うなかで,学部生だった頃の私にそのご著作をつうじて政治学の面白さを教えていただいた秋野先生との不思議なご縁を再び強く感じています.
今回,このようなかたちで私に現地調査の貴重な機会を与えていただいた「秋野豊ユーラシア基金」の皆様には,心から感謝の意をささげたいと思います.いただいたチャンスを十分に活かした,秋野豊賞の名に恥じぬ研究をすすめていきたいという思いを日々強くしています.
権威主義体制下の紛争勃発メカニズム
ーカザフスタン2007年総選挙とキルギス2005年総選挙の比較を中心にー
東島雅昌(早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程現代政治領域)
中央アジアの2つの権威主義体制−カザフスタンのナザルバエフ体制とキルギスのアカエフ体制−は,近年その命運を分かつこととなった.前者では, 2007年8月の総選挙で,親大統領の政党オタンが下院の全議席を掌握した.選挙期間中,与党の選挙不正が報じられたが,抗議運動はほとんど生まれず,不正な選挙でナザルバエフ体制はさらに磐石になった.他方,後者では,2005年3月の総選挙での大統領アカエフの選挙不正をきっかけに体制内エリートの離反や市民による抗議運動が活性し,「チューリップ革命」が勃発した.権威主義のもとでの選挙不正は,いかなる条件のもとで紛争や体制崩壊をもたらすのだろうか.
以上の問いに答えるべく,本研究プロジェクトでは,両国の比較事例研究をおこなう.マクロな構造や制度の点で両国は類似しているので,これらが紛争勃発の大きな要因であるとしてきた比較政治学の諸研究では,両国の対照的帰結は説明できない.また,「革命」後の秩序の不安定化によって国内情勢のみならず,国際関係がキルギス政治にとってより重要になったと考えられる.そこで,申請者が焦点を当てるのが,エリート間の利益分配と(不正)選挙の相互作用,そして「革命」後の新政府エリートと「大国」のやりとりである.
選挙に先行する体制エリート間の利益分配のあり方は,紛争を勃発させるか否かの前提条件をなす.体制内エリートで経済利益や政治ポストの分配が「公平」であれば,彼らは体制を維持するインセンティヴをもつ.他方,為政者に富やポストが集中すれば,体制内エリートは反対派エリートと「同盟」を結ぶことで体制を打倒しようとする.カザフスタンでは,カザフ人以外の民族を排除しながら,外国直接投資や貿易の果実や政治ポストをカザフ人の体制内エリート間でうまく分配する傾向にあるといえる.対照的に,キルギスでは,外国直接投資や金・農産品による貿易の果実や政治ポストの要職がアカエフとその周辺に集中する傾向にあったといえる.
この前提条件の違いが,紛争の進展(キルギス)あるいは体制の盤石化(カザフスタン)へと分岐するきっかけとなるのが,不正な選挙である.現代の権威主義体制は,国際圧力のもと選挙実施を余儀なくされているが,為政者は不正な選挙をおこなうことで支配権を保とうとする.事前の体制内エリート間での利益分配が「公平」であれば,彼らは不正選挙でかならず勝利する為政者という勝ち馬に乗る.カザフスタンの2007年選挙におけるオタンの独占的勝利は,このことを示唆する.他方,為政者に富やポストが独占されていれば,体制内エリートは選挙不正を現体制の正統性のなさの象徴として糾弾し,不満を抱く反対派エリートや市民と結びつく.アカエフ体制に不満をもつ体制内エリートが選挙をきっかけに反対派キルギス人と結びつき,市民を動員して「チューリップ革命」を起こしたのは,そのような条件下での不正な選挙がもつ機能を物語っている.
そして,「革命」後の秩序の安定化に向けて,新たな体制エリートが「大国」との関係において直面するジレンマについて考察を深める.新政府エリートは秩序再建のために「大国」の協力・援助を取り付ける必要があるが,他方,多大な介入を回避し自国の自律性を保ちたいという思惑がある.このジレンマに直面して新政府のエリートはどのように行動し秩序を安定化させようとしたのかについて,米・中・露そして中露がイニシアティヴをとる上海強力機構(SCO)の動きを踏まえながら,分析を進める.
2009年1月上旬から2月下旬にかけての約6週間,カザフスタンとキルギスで調査を実施する.まず(1)選挙前の体制内エリート間の政治ポストや経済利益の分配状況を分析できる一次資料の収集をおこなう.とりわけ両国の政治エリートの詳細を記した年次便覧は政治ポストの分配状況を把握できるので非常に有用である.次に, (2)選挙における不正の実態,それに対する各エリートの対応についての一次資料の収集とインタビューをおこなう.そして,(3)「チューリップ革命」後の秩序再建に対する「大国」とキルギスのエリートたちの対応を,ビシュケクのSCO本部など国際機関や各政府機関で資料を収集し,また適宜インタビューを実施する.
これまで両国の権威主義体制における選挙不正に関する報告は数多くなされてきたが,選挙不正と紛争勃発の因果関係の解明はなされてこなかった.他方,政治学者の体制崩壊と紛争勃発に関する一般理論は,因果関係を分析していたが,マクロ構造・制度のみに着目して説明するものが大半で,エリート間関係と制度(選挙)の相互作用を等閑視してきた.申請者は,対照的帰結の生じた両国の綿密な現地調査をつうじて,アクターと制度のつながりを検討し,権威主義体制における紛争勃発メカニズムを明らかにする.また,本研究プロジェクトは中央アジアという安全保障の要衝が不安定化したとき,「大国」がどう対応し,「小国」がそれをいかに受容し牽制したのかについて,ひとつの事例を提供する.
秋野豊賞受賞の言葉
山本哲史(東京大学総合文化研究科リサーチフェロー[非常勤])
今回の受賞を大変光栄に思い、また、この賞に恥じない成果が求められていることに責任を感じております。まずは、この賞の運営に携わっていらっしゃる方々に感謝を申し上げたいと思います。
他方で、私は研究者の道を志してより今日まで多くの方のお世話になり、また、様々な場面でお導きいただきました。おかげでこのような賞をいただくことがかないました。今後とも人との出会いを大切にし、自分にできることを考えながら精進して参りたいと思います。
最後に、一歩引いた目線から付け加えますと、今日の研究者の育成状況について、私の知りうる限りでは極めて厳しい冬の時代となっております。私自身、来年度の行き先も知れない状況におります。このような状況の中で、コネや出来レースではなく、分け隔てのない公正な競争とチャンスをいただける本賞自体に、将来ある研究者たちの新しい息吹を実感しています。
難民に対する国境封鎖に関する研究
−マケドニアにおけるコソボ難民の処遇と国際法の役割を中心にー
山本哲史(東京大学総合文化研究科リサーチフェロー[非常勤])
本研究テーマは、国際法学における難民研究の中の主要論点の一つであるノン・ルフルマン原則に関するものである。ノン・ルフルマン原則に違反したとされる1999年前後のマケドニアの状況を事例として、ノン・ルフルマン原則の確保のための実体的諸条件を探ることを試みる。
ノン・ルフルマン原則とは、大まかに言えば、難民を危険な領域へ送還することを禁ずる国際法の原則のことである。その歴史は比較的浅く、1933年、1936年、および、1938年の各種難民に関する条約において萌芽的に規定され、1946年には第二次世界大戦後の欧州諸国における難民問題の解決のための国際機関の基本文書にも規定されている。今日では1951年の難民の地位に関する条約およびその1967年の議定書においても規定され、その内容について留保が付されることなく、140カ国以上の国々が認める難民保護の中核的地位を確立した原則である。
このような確立した原則も、しかしそれが現実にどのように意識され、遵守されているのか、という点については明確ではない。まず、その文言上の曖昧さに起因する問題群がある。例えば1951年の難民条約33条1項において、「締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放し又は送還してはならない」と規定されているが、この原則は「難民」として認められた者についてのみ適用されるのか否かという問題がある。このことは、国境を封鎖することによって入国を拒否した人々についてノン・ルフルマン原則との関係を考えるとき、重要な論点となる。また、ノン・ルフルマン原則の対象とする状況を、少数の難民が個別に流入する場合と、大規模な難民が一斉に押し寄せる場合とに大きく二分し、それぞれの状況について一定の差異を前提に考慮することも議論されている。その他、難民に関する条約以外の人権諸条約においても、ノン・ルフルマン原則に関連する規定があり、それらとの関係についても検討の必要がある。
他方で、法の規定する内容が明確であるか否かという問題とは別に、その法が現実的に適用可能であるか否かに関わる諸条件が不明である点が、ノン・ルフルマン原則については問題である。すなわち、国境において入国を望んでいる人々を追い返すことを、ある種の不可抗力によって行う国があるとすれば、そのような追い返しさえも禁止する法は現実的ではない。この点、例えば1951年の難民条約33条2項は「締約国にいる難民であって、当該締約国の安全にとって危険であると認めるに足る相当な理由があるもの又は特に重大な犯罪について有罪の判決が確定し当該締約国の社会にとって危険な存在となったものは、1の規定による利益の享受を要求することができない」と規定しており、ここに言う「当該締約国の安全」を誰がどのように判断することがありうるのかについて、先例研究に基づいた分析と整理が加えられる必要があろう。
以上のような問題意識から、本研究は、マケドニアおよび関連する周辺諸国・地域において難民保護や援助に携わる関係者に対するインタビューを含めた資料収集を行い、一事例を集中的に分析することで、難民流入に直面する国のノン・ルフルマン原則に対する意識と、その確保のための諸策や検討事項について分析し、ノン・ルフルマン原則確保のための諸条件を明らかにすることを試みるものである。
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