第9回秋野賞:審査を終えて
審査委員長 伊東 孝之(早稲田大学政治経済学術院教授)
人々が武器を取って殺し合うのには二通りある。国家内の紛争つまり内戦と、国家間の紛争つまり戦争である。なぜ国家の内と外がそれほど重要な区別となるのか。それは国家が一定の領域内で公的暴力の独占を主張する(マックス・ウェーバー)からである。したがって、国家が国家らしくあれば、国家内の紛争は少なくなり、次第に国家間の紛争に収斂してゆくはずである。
たしかに20世紀の半ばまでの人類の歴史はそのような方向を指し示しているように見えた。全世界を覆うに至ったウェストファリア体制下で主権国家はそれぞれ自らの領土を実効支配し、その中での紛争を封じ込めたように見えた。その代わりに国家間の紛争が人類にとって最大の禍いとなった。諸国家は公的暴力を独占し、それを対内的ばかりではなく、また対外的にも効率的に行使した。その結果、20世紀の前半に何千万という人々が戦場で斃れた。戦争という災禍から人類を救済するための学問として国際政治学、国際関係論、平和学などが大きな注目を浴びた。
しかし、冷戦の時代はどうであったろうか。冷戦とは世界を二分する二つの超主権国家が権力的のみならずまたイデオロギー的にも対立する状態ということができよう。この時代に米ソ両超大国は大いに睨みあったが互いに戦争をすることがなかったので、戦争の犠牲者は少なかった。しかもそれぞれの勢力圏内で紛争を封じ込めたので国家内の紛争も少なかった。このため冷戦時代は熱核戦争の恐怖に脅かされながらも「長い平和」(ジョン・L・ギャディス)が支配した時代であったように見えた。
見かけは人の目を欺くものである。フィアロンとライティンという二人の政治学者が2003年に統計学的手法で1945年から1999年までの紛争の犠牲者を調べたところ、戦争の犠牲者は333万、内戦の犠牲者は1620万であった。たしかにそれまでの時代と比べると戦争の犠牲者は減ったが、それを埋めあわせるような形で内戦の犠牲者が増えている。内戦の数は冷戦の時代から漸増の傾向にあるが、それは勃発数が増えたためというよりも継続するものが増えたためである。内戦の継続期間は当初2年であったが、末期には15年となっている。冷戦の終了とともに内戦が激増したということはない。しかし、犠牲者の数は確実に増えている*。今日、国家内の紛争こそ人類にとって最大の災禍となっている。その災禍から人類を救済する役割を担うべきは地域研究、比較政治学などの学問分野であろう。
秋野豊氏はユーラシア地域の紛争調停に関心をもち、多くの研究成果を挙げた。1998年に国連政務官として内戦下のタジキスタンに派遣され、調停活動に従事している最中に凶弾に倒れた。秋野氏の悲劇的な死を記念して設立された秋野豊ユーラシア基金は、毎年「ユーラシア大陸の紛争および安全保障の問題」のための研究プロジェクトを募集し、すぐれたものに秋野賞を授与している。今年度はその9回目に当たる。
第9回秋野賞は2007年5月11日(金)に締め切られた。応募者の数は昨年微減して8名となったが、今年再び増勢に転じ、前々回と同じ13名に達した。応募者の研究対象地域は、フィリピン、チベット、アフガニスタン、インド、トルクメニスタン、アゼルバイジャン、グルジア、ロシア、マケドニア、コソヴォ、クロアチアなどユーラシア全域にわたっている。
いつものように審査は二段階にわけて行われた。事務局段階で5名に絞り込まれたところで、応募者の名前が伏せられ、書類だけが審査員のもとに送られてきた。5名の審査員は、目標が明確・具体的か、計画が体系的で目標の実現に適切か、現地調査を有効に活用できるか、有意義な報告が期待できるかの4項目について、それぞれ採点し、それを事務局の方で集計して採否を決定した。上位3人が高いレベルでほぼ同点であったのに対して、次の2人の間にやや差が開いたため、上位3名を最終候補者とした。昨年は受賞者が2人とも女性であったのに対して、今年は3人とも男性である。また3人とも東京ではなく、西日本(大阪、広島)からの応募者であった。
年々趣旨が徹底しているようで、調書の質が向上している。目標が明確に絞られ、具体的となっている。漫然と現地に行くのではなく、周到に計画を練っている。すでにNGOなどの活動家として現地に滞在経験があり、現地感覚があって無駄なく調査機会を利用できるという印象が強い。現地調査を博士論文のような大きな研究計画の中に位置づけている。
しかし、2つほど気がかりな点がある。1つは調査の焦点が紛争解決そのものではなくて紛争解決活動に絞られていることである。たとえば、ある地域に紛争が起きていて、その紛争を解決しようとする国際機関やグループの活動があるとしよう。関心が前者には向かわず、後者に向かっている印象がある。たとえば、NGO、NGO調整体、OSCE、国連、EUなどの紛争解決活動に関心が向かっている。たしかにそうした機関の活動がなければ、紛争解決が難しいことは理解できる。紛争解決活動の調査は紛争解決を助けるだろう。しかし、紛争解決活動の調査によって紛争そのものの調査の必要から免れてしまうわけではない。紛争そのものの調査なくして紛争の解決はないのである。
もう1つ、現地調査には現地の事情を知らなければならない。現地の言葉、文化、歴史、経済、政治などを知らなければならない。つまり地域研究を行わなければならない。今回の応募者の調書を読むとあまりその用意がないという印象を受ける。理論的な準備は比較的よくできている。理論的な準備を十分に行って、任意の紛争地域に飛んでいって、現地で展開しているNGOや国際機関を頼りに調査をすれば十分、と考えているように見える。たしかに理論的な準備はあった方がよいが、それと同時に現地の事情を本格的に研究する用意がなければなるまい。そうでなければ表面的な観察に終わるおそれがある。たしかに現地調査を行ったとしてもすでに出発前に頭に入っていたものをただ確認するだけに終わってしまうおそれがある。
以下、アイウエオ順に受賞者とその研究計画を紹介しよう。まず、「複合的危機における人道支援活動の調整:ACBARとUNOCHAとの比較から」。申請者は多田透さん。1971年生まれ(35歳)。大阪大学経済学部卒で、現在、大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程に在学中という。
人道支援活動を行っている組織間の調整に関心を寄せ、アフガニスタンでそれをやっているACBARとUNOCHAという二つの組織の活動を調査したいという。たしかに、たとえばスマトラ沖地震のときに、各国が派遣した救済活動組織の間の調整問題は深刻だったと想像される。これはおそらく国際社会が無政府状態であることを反映している。民間団体中心であれば、同一国が派遣した支援組織の間でさえも調整がとれないおそれがある。多田さんはアフガニスタンについてその調査をやりたいという。国連関係の組織の調整(UNOCHA)についてはすでに外部評価報告書が出ており、それとの対比においてNGO間の調整体であるACBARの調査を行いたいということである。日本のNGOの調整体(JANN)に調査の焦点を絞っている。それ以外についてはJANNを通じて調べる予定のようだ。かつてアフガニスタンでNGOの活動をしたことがあるようなので、土地勘や人脈を役立てることができるだろう。
しかし、日本のNGOの調整体だけでは、あるいはそれを通じてだけでは調査結果の客観性をどのように保証するかという問題が残るように見える。また、外交交渉の研究をモデルとしているようだが、国家間の調整ではないNGO間の調整については別の理論モデルを用意した方がよいのではないか。
次に、「EU加盟コンディショナリティー効果が民族間の武力紛争予防に果たす役割:マケドニア和平合意の締結と履行過程の調査」。申請者は中内政貴さん。1976年生まれ(31歳)。大阪大学法学部卒で、現在、大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程在学中という。また2002〜2005年に在墺日本大使館にて専門調査員[マケドニア担当]を務めたことがあるという。
EU加盟コンディショナリティは民主化や民族紛争予防において効果を発揮しているとされる有力な国際要因の一つである。申請者はそれをマケドニアの事例において調査したいという。たしかにマケドニアは旧ユーゴスラビア地域で民族紛争のおそれが十分にあったにもかかわらず予防できた珍しいケースである。これを現地当局者とのインタビューや未公開の世論調査の発掘などで調べるというのは非常に意味があるように思われる。また申請者は数年現地でODA業務に携わったことがあるので、たしかな現地感覚に支えられて調査ができるだろう。
しかし、国際的コンディショナリティだけではなく現地アクター自身の活動も貢献が大きいのではないか。国際要因だけに一方的に焦点を絞ることはバイアスを生むおそれがある。申請者は現地感覚があるといってもマケドニア語やアルバニア語を習得しておらず、現地当局者と英語でインタビューすることを考えているようである。その場合、英語を理解する現地エリートを通じての調査ということになるおそれがある。もちろんそれでもやる方がよいが、将来はより突っ込んだ調査を心がけてもらいたい。
最後に、「対立から平和へ:平和構築における市民社会の役割 − ミンダナオアの事例より」。申請者は古澤嘉朗さん。1981年生まれ(25歳)。筑波大学国際総合学類卒で、英ブラッドフォード大学大学院平和学研究科修士課程修了、現在、広島大学大学院国際協力研究科科目等履修生という。
理論的準備がしっかりしている。事前に文献資料をよく読み込んでいる。現地のネットワークも持っていて、調査には不自由しないようだ。平和構築における市民社会の役割に注目し、調査をしたい市民社会組織についても狙いをつけている。なによりも対象地域がよく絞られている。市民社会だけではなく他のトラック(国家、草の根)、またトラック間の相互作用も射程に入れている。
しかしながら、「市民社会」という概念がすこし曖昧なようだ。宗教系NGO、平和運動組織などを念頭においているようだが、もし「対話」に熱心な市民社会だけの調査に基づいて、ミンダナオは「対立」から「対話」に向かっているというような結論が導き出されるようではあまり説得力がないだろう。紛争そのものではなくて紛争解決に従事している活動家の調査という色彩が濃厚である。紛争そのものに関しては他のトラックや経済、社会、文化などの状態を調査することが必要な気がする。またそのためには現地語の知識が欠かせないだろう。
アフガニスタン、マケドニア、ミンダナオ。いずれも紛争後地域であって、今日なお不穏な情勢が続いている。そういう場所へ前途有為の研究者を派遣することはためらわれるが、そのような危険を冒さなければならないのが紛争研究の宿命である。それによってわが国の紛争解決への貢献が高まるならば、秋野豊ユーラシア基金として大いに誇るべきことであると思う。今年度の3人の受賞者の活躍を祈りたい。
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James D. Fearon & David D. Laitin, "Ethnicity,
Insurgency, and Civil War," American Political Science Review, vol. 97, no. 1,
pp. 75-90
©秋野豊ユーラシア基金
