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 東ティモール選挙監視

 私は、去る8月30日に実施された東ティモール憲法制定議会選挙に、非政府組織(NGO)選挙監視団の一員として参加した。私が監視活動を担当したのは、西ティモールとの境界にあるコバリマ県内の計14の投票所。同県のスアイ市には、もともとインドネシア併合派の最大拠点があり、1999年の動乱の際に逃げ込んだ独立派住民146名が併合派民兵によって殺された「虐殺の教会」がある。また、この境界地帯では国連平和維持軍(PKF)と民兵との間で何度か衝突が起こっており、双方に死傷者が出ている。そのため、コバリマ県は治安の面で「特段の注意を要する」地域と指定され、今回の選挙に関しても、東ティモール全体の趨勢を占う上で重要な鍵を握っていた。以下、私が選挙監視活動を通じて実際に感じたことを、選挙の評価といった視点から論じる。  
  国連東ティモール暫定統治機構(UNTAET)の独立選挙委員会は、今回の選挙は自由で公正であったと発表した。私が監視した投票所でも、些細な過失は認められたものの、概ね作業は順調に進められており、国連の評価に異論はない。紛争終結直後の選挙では、政党間の闘争がエスカレートして暴力事件が発生したり、時には対抗勢力の暗殺に至ったりすることがある。しかし、今回の選挙で政党間の対立が暴力事件にまで激化する可能性は極めて低かった。なぜならば、前回の住民投票の際に暴力行為をはたらいた併合派民兵はすでに東ティモールから一掃されていたし、選挙前に乱立した政党の多くは、かつて「東ティモール民族抵抗評議会」の傘下にあった諸勢力が分裂して形成されたものであったからだ。さらに候補者を擁立した16政党のうち14政党までが「民主的で公正な選挙を実現し、各党とも結果を尊重する」ことで合意しており、私が目撃した各政党の集会や各党首が参加した討論会は極めて自由で友好的な雰囲気で進められていた。そもそも、今回の選挙はUNTAETが実施したものであり、投票や開票作業中に不正が行われる余地はほとんどなかった。  
  一方、1975年のインドネシア軍の侵攻以来、ゲリラ戦を展開していた東ティモール民族解放軍(ファリンテル)は、PKFの管轄下で国防軍への再編成が進んでおり、東ティモール内に特定の政党を支援する武装集団が存在しなかった点も、自由で公正な選挙の実現に寄与したといえる。もちろん、東ティモール内の治安維持を担当した約千名の武装した国連文民警察、国境地域を中心に東ティモール全域に展開する約8千名のPKF、西ティモールに駐屯するインドネシア軍との連絡調整を行う約2百名の国連軍事監視団の存在も忘れてはならない。とりわけ、PKFの存在は東ティモールの人々に安心感を与えていた。境界地域に展開するPKFは厳重な警戒体制を敷いており、西ティモールに潜伏する民兵が越境して選挙妨害や暴力行為を行う可能性は皆無に等しかった。よって、UNTAETの軍事・警察部門の存在により、東ティモールの人々は発言の自由や投票後の身の安全が保証されるという確証を手にすることができ、それが選挙の成功に貢献した。実際に国境検問所を視察した際には、民兵の動きは見られず、検問所にて対峙しているPKFとインドネシア軍の間には、険悪な雰囲気や一触即発といった緊張感はなかった。  
  選挙キャンペーンから投票・開票作業に至るまでの選挙過程は一貫して自由で公正であったが、同時に選挙の意義を問う本質的な部分で深刻な欠陥があったことも指摘しておきたい。まず、今回の選挙は新憲法を審議する制憲議会選挙であったにもかかわらず、そのことを正確に理解していた有権者は5%に過ぎなかった(アジア財団調べ)。そもそも有権者の多くが「憲法」とは何かを理解していなかったといえる。さらに、政党の多くも、憲法の草案を提示したり、憲法に折り込む理念や政策綱領を主張したりするのではなく、独立闘争における自らの功績や地縁血縁による集票活動に偏重していた。この問題は、民主主義が未成熟なのだから仕方がないと片付けてしまうこともできるが、選挙の意義を高めるためにも、有権者教育や民主化教育にもっと力を入れるべきだったのかも知れない。  
  今一つ気になった点は、今回の選挙が終始国連主導で行われ、ティモール人の関与が極めて限定的であったということだ。UNTAETの方針は、次回の選挙に備えてティモール人スタッフの育成に力を注ぐのではなく、今回の選挙の効率的実施を重視していたように思われる。例えばコバリマ県の選挙委員会にはフランス人の代表とメキシコ人の副代表に加えて、ティモール人の副代表がいたが、実質的には2人の国際スタッフがすべてを取り仕切っていた。このような傾向は各投票所においても見られたが、最も顕著であったのは開票作業であった。開票はすべて国際スタッフによって行われ、ティモール人スタッフは作業を傍観するのみであった。  
  もちろん、UNTAETは限られた予算と時間の中で、有権者教育を施し、ティモール人スタッフを訓練し、選挙を成功裡に終わらせる必要があったのだから、上記の2点が不十分であったからといってUNTAETを責めるつもりはない。ただし次回に向けた課題としてこの2点は留意しておく必要があろう。例えば、有権者教育、現地スタッフの訓練、投票・開票作業などは、国連がNGOに今まで以上に業務を依託してもよいだろう。  
  私は今回、アジアのNGO連合体「アジア自由選挙ネットワーク(ANFREL)」の一員として選挙監視に参加した。つまり、アジア太平洋地域の一員として、同地域の人々とともに、同地域の一員である東ティモールの平和のために、力を合わせたことになる。私は、ANFRELのメンバーから出身地を聞かれた時には、「沖縄」と答えるように努めた。沖縄の平和を希求する心をアジア太平洋地域の人々に伝えるためにも、今春に予定されている東ティモール大統領選挙には、沖縄から世界最大の選挙監視団を率いて行きたい。



©秋野豊ユーラシア基金