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 率直にいって、嬉しい誤算だった。初回ということもあり、質量 ともに入賞に値する応募が集まるか否か、一抹の不安感を抱いていたからである。私個人の認識不足も責められるべきかもしれない。中央アジア、それ以外のユーラシア地域における紛争を平和的な手段を用いて解決したり、発生を予防しようとする、政府、NGO、その他による努力。―この問題に、若い世代の方々がこれほどまでの熱心な関心を寄せ、調査・研究に携わろうとしているとは! 不覚にも、私個人が充分認識していなかったからだ。
 審査過程で悩まされたのは、粒揃いの優秀な応募に順位 をつけねばならない苦しみだった。とくに、「大学院生部門」では応募者全員をパスとしたいと思ったくらいである。しかし、それでは審査とならない。
 主として以下の諸点を留意して、評価を行った。(1)目標が明確かつ具体的なものであるか。(2)現実的な成果 が期待できるか。(3)たんなる机上の文献調査に過ぎないものか、現地へのフィールドワークが充分活用される調査研究であるのか。(4)予算活用の裏付けがあり、奨学金を充分生かすことが期待できるか。
 尚かつ接戦だったので、秋野豊ユーラシア基金理事会の御支持と御承認を得て「大学院生部門」では、今回に限り例外的に二名の合格者を選ぶことにした。この選に洩れた方々も、是非気持を新たにして次年度に応募していただきたい。
 秋野豊氏の偉業が決して彼一人で立ち消えするものでなく、彼に続く若い後進の人々が育ちつつある。このことを知り、審査員一同は満足感にひたされている。秋野氏も、あの特徴ある微笑みで「良し」とのサインを送ってくれているに違いない。

審査委員長
木村汎(国際日本文化研究センター教授)


 昨年度につづいて、今年も嬉しい悲鳴をあげることとなった。昨年は、初年度ということもあり、蓋を開けてみるまでは、果 して秋野賞に価する水準に達している 研究の応募があるかどうか。審査員および関係者一同は、正直いって心配だった。 その予想を裏切るレベルの応募が集まったことがわかったとき、ホッとし心底から 嬉しく感じた。
 今年の喜びは、やや異なる種類のものだった。昨年の申請のレベルの高さは、 ひょっとすると初年度だったことに由来するのではないか。換言すれば、それまで秋野賞と類似の意図で研究助成をあたえるプログラムがなかったがために、それまで蓄積されていた質の高いものが、どっと集まったのではないか。もしそうだとすると、第二年度は、レベルがやや下回るかもしれない。
 しかし、このような危惧はすべて、まったくの取り越し苦労だった。第二年目は、第一年目にけっして劣らぬ どころか、率直にいえば第一年目の水準をはるかに凌駕する研究計画の申請が集まった。このことは、何を意味するのか。まず、秋野賞の存在と趣旨がひろまったことを意味する。また、秋野氏が先鞭をつけた研究が、若い学徒たちによって着実に継承されつつあることを示している。さらにいうならば、
秋野賞の存在自体が、そのような研究を鼓舞し、促進することに役だっている。第三の意義は、同賞を設立した目的がすでに実現されつつあることとなる。うれしいかぎりである。
 ついでながら、秋野氏はタジキスタンで無念の死をとげたために、秋野賞=(イコール)旧ソ連の中央アジアの実地調査を促進する奨学金制度であるかのように、誤解されやすい。秋野氏の視野と活動―したがって、秋野賞の授賞範囲―をそのように狭く限定して解釈するのは、正しくない。秋野氏は、民族、国境その他の紛争 が発生・拡大する危険が存在するならば、地上のいかなる地域へも赴き、危機管理
と予防外交に身命を捧げようとした。極端にいえば、この態度が貫かれているかぎり、充分秋野賞の対象となりうる。事実、今回の入選者の研究対象地域は、必ずしも中央アジアでなく、キプロス、ボスニア、クロアチアだった。
 今回、大学院部門へは粒ぞろいの計画の応募が集まった。あらかじめ公示している四つの観点にたって、審査員が五点評価方式で採点を行い、それらを合計した。審査員の間で意見が分かれることは、まったくなかった。一般 学生部門に該当者がなかったために、その定員1名を大学院部門にまわし、さらに昨年同様理事会の特別 の御配慮を得て、本来2名のところ1名増員していただき、計3名を合格者とした。すでに今年度の国連大学秋野フェローを受賞している方にたいしては、申請資格辞退をお願いし、快く了承していただいた。それらの人々、そして今年度惜しくも選に洩れた方々は、国内外でさらに研修を積まれた後、来年度新たな意欲をもって 再応募されることを希望する。


審査委員長
木村汎(国際日本文化研究センター教授)



 毎年この時期が近づくと、公平・厳正な審査を行うことができるように、心身 ともに健全な状況を備えようとしている。応募者の提案内容を注意深く熟読する ことは、緊張した時間を連続的に要する大作業である。私にとり、これほど真剣 に他人が書いた文章(申請書類)を読むことは、おそらく他にあるまい。しかし、 過去3年間、このような苦労は十二分に報いられている。応募に値する真剣な提 案に遭遇するばかりか、合否の結果 如何にかかわらず、提案内容によって研究上 も教えられることが大であるからである。おそらく秋野豊氏も、自身が撒いた種 子が、後進の人々によってこれほどまでに確実に受け継がれていることは、予想 外のことではなかろうか。秋野氏がはじめた仕事は、確実に生きている。  
  今は、第三回秋野賞の審査を無事終えて、静謐な喜びにひたっている。応募者 の質が、年々確実に高くなってきていることを確実に感じる。今回の応募は、こ との他水準が高かった。審査は、四項目について一項目各5点を満点とし、意図 的に個人差が浮き出るように審査員の各先生方にお願いしているにもかかわらず、 全員の審査員がすべての応募者に高い点をつけていた。  
  審査員5名の合計点では、渡辺信氏が文句なしの第1位。第2位は、金敬黙氏。 審査中は、もちろん応募者の氏名、性別 、年齢、所属その他が一切伏せられ、記 号名A、B、C、D…で記されているだけなので、渡辺氏が昨年に続く2度目の 応募で栄冠を獲得したことは、ただ今事務局から教えられ知った次第。また金氏 が在日韓国人であることも、講評を記す現段階で初めて知った。同氏が在日韓国 人の方だからといって、たしかにどうということはない。だが、秋野賞の受賞者 に国際色が加わることには、喜びを禁じえない。  
  「大学院生部門」と比べると、「大学生・一般部門」は毎年応募の数も少なく、 質的に必ずしも充分でない。今年も該当者を認めえなかったことは、残念至極。 これら二部門に分けて募集することの是非が、今後の検討課題となるかもしれな い。


審査委員長
木村汎(国際日本文化研究センター教授)



  第4回目となる今回の秋野豊賞の応募は、その質と量において最高であった。 このことによって、同賞は制度ないしプログラムとして見事に定着・確立された。 こう考えてよいのみならず、今後益々発展し成果を上げるとの明るい展望が得ら れた。関係者としてホッとする。安堵感をおぼえると同時に、胸のなかに感動が 拡がってくる。これらはすべて関係者各位の努力の賜物である。心からお礼を申 し上げたい。彼岸の秋野豊氏があの人なつこい顔で目を細め、照れながらも喜ん でおられる姿が目に浮かぶ。洋子夫人をはじめご遺族のお気持ちもいかばかりか と思う。
 5月10日(金)に締め切られた今年度の同賞には、過去最高の12名が応募 してくださった(ちなみに、第1回、第2回ともに8名、第3回は6名)。研究 計画内容を地域別に分けてみると、中央アジア、カフカス地方、ボスニア、中東、 カンボジア、東チモール、朝鮮半島など――じつに多岐にわたる。アフガニスタ ンこそなかったものの、現在も紛争がくすぶっている地域(中東、カシミールな ど)、停戦合意以降の平和構築が焦点となっている地域(ボスニア、カンボジア、 東チモールなど)に、応募者の関心が向けられていることが分かる。
 5人の審査委員による評価点を合計したところ、上位3名が他を引き離してい た。上位3名の間の評点差は、ごく僅かであった。そのため、審査委員会はこれ ら3名を採用候補者として理事会に推薦することに決定した。幸い、このような 同委員会の推薦を、秋野豊ユーラシア基金理事会は承認した。
 審査・採点は、これまでどおり応募者名を伏せて記号で行われた。本日はじめ て、採用決定者の一人(江崎さん)が、故秋野豊氏の学部時代の最後の教え子の 一人であることを報らされた。
 以上のような厳正な審査過程を経て、第4回秋野豊賞受賞者に輝やかれた3名 の方々に、審査委員会を代表して心からお祝い申し上げる。同時に、同賞にふさわしい研究成果を出してくださることを期待する。

審査委員長
木村汎
(拓殖大学海外事情研究所教授)



 イラクの激動が続いている。昨年は奥克彦、井ノ上正盛という2人の日本人外交官が、今年に入ってからは橋田信介、小川功太郎という2人の日本人ジャーナリストが何者かに襲われて死んだ。外交官は日本外交の行く手を切り拓こうとして、またジャーナリストは戦争の真実を求めようとして不幸に見舞われたのであった。
 私はこうした事件に接するたびに、6年前にパミールの彼方で劇死した秋野豊氏のことを思い出す。彼は研究者としてタジキスタンの内乱に関心を寄せ、その解決に貢献しようと外交官として現地に赴いた。理論は大いに実践を助けた。さらにその実践を日本に持ち帰って理論を豊かにしようと考えていた。しかし、その矢先に凶弾に斃れたのであった。
 それぞれ目的としたところは異なるが、遠くから眺める、あるいは机上で理屈をこねるだけではなく、紛争の現場に赴いて生活の真実を求めようとしたところに共通点がある。墓標の列はこれ以上長くなってほしくないが、日本人が世界の諸問題と直に切り結ぶ時代が到来したことを告げているような気がする。
 秋野豊氏が劇死してから6年。そして秋野基金が発足してから5年。基金は秋野氏と同じように世界の諸問題と直に切り結ぶことのできる研究者を育てようとして活動を続けてきた。5年間の成果をわれわれは大いに誇りに思うことができる。
 さて、私はこのたび木村汎氏に代わって審査委員長を仰せつかった。大任が務まるかどうかはなはだ心許ないが、微力を尽くして任にあたりたいと思う。
 今年も13名の応募者があった。昨年と比べると1名減であるが、一昨年と比べると1名増であって、基金への関心は高まりこそすれ、けっして衰えていない。応募者が研究対象とする地域は、ハンガリー、モルドヴァ、タジキスタン、パキスタン、グルジア、パレスチナ、ウズベキスタン、スリランカ、カンボジア、中国など、ユーラシア全域に広がっている。
 いつものように応募者の名前は伏せられて、応募書類だけがわれわれ審査員のもとに送られてきた。6名の審査員は、目標が明確・具体的か、計画が体系的で目標の実現に適切か、現地調査を有効に活用できるか、有意義な報告が期待できるかの4項目について、それぞれ採点し、それを事務局の方で集計した。
 応募者はいずれも具体的な紛争に焦点を絞り、現場主義に徹していた。すでに現地体験があり、現地との連絡もとっていて、成果が挙がりそうなものが多かった。しかし、選考はやや難行した。というのは、審査員の評価がかなり分散したからである。例年、二、三のプロジェクトにダントツに高い評価が集中するものであるが、今年はそういうことがなかった。最後には相対的に高い評価を得た一つのプロジェクトに白羽の矢が立てられた。
 タイトルは「清真寺をめぐるエスノ・ポリティクス − 中国社会主義体制下の回族のジャマーアティの再編 − 」。これまでユーラシアのさまざまな地域を対象としたプロジェクトが受賞してきたが、中国を対象としたものははじめてである。またこれまでは国際政治学、比較政治学、現代史の分野が多かったが、本プロジェクトは社会人類学である。それはまた中国の民族問題の中でもこれまであまり注目されてこなかった回族に焦点を当てている。理論的にもまた実践的にも十分に現地調査の準備があることが評価されたように思われる。
 受賞者澤井充生氏は1971年京都生まれの33歳。審査が終わってから知らされて驚いたのであるが、1994-97年筑波大学大学院修士課程に籍を置いており、秋野豊氏の薫陶を受けた可能性がある。神戸外大→筑波大大学院修士→東京都立大大学院修士と進学して、現在、同大学院博士課程在籍。
 これまでの受賞者と同じく澤井氏にも、今回のプロジェクトによってわが国の紛争研究の水準を引き上げてもらいたいと願っている。
審査委員長 
伊東 孝之(早稲田大学政治経済学部教授)



 アメリカの政治学者R・ダールは1971年に『ポリアーキー』という本を著した。ポリアーキーは民主主義そのものではなく、現実におけるその近似値であって、現存の「民主主義」国すべてがそうである。
 外国支配によってポリアーキーが生まれる可能性について、ダールはどのように考えたか。第二次大戦直後、オーストリア、ドイツ、イタリア、日本が外国支配のもとでポリアーキー化した。しかし、これは「歴史的に異例であり、予見しうる将来に再び起こりそうもない。」これら諸国で試みが成功したのは諸条件がポリアーキーに比較的有利であったからだ。第二次大戦後独立した国はほとんどすべてポリアーキーにとって不利な条件をもっている。ところが、「アメリカの政策作成者は勇気づいて、他のどこでもポリアーキーを誕生させうるという単純で楽観的すぎる仮説を採用することとなったようだ。」
 たしかに第二次大戦後独立した国の中でポリアーキーとなった国は少なからずある(たとえば、インド)。そうした国では「政治活動家のかなりの部分が、本来、ポリアーキーの諸制度に好意的な傾向があった。」そうなったのは長期にわたる、非常に複雑な過程のおかげであって、「外国とりわけポリアーキーの国が、ある特定のイデオロギーへの支持をつくりだそうとしても、限られた成功しか望めない。つまり外国の力は、歴史的文化的諸力の強靱な網の目にとらえられ、それらをほとんど操作することができないからである。」
 民主化のための援助についてもダールは懐疑的である。「独裁者や少数独裁者は、そうやすやすと外国の援助に欺かれて、自分自身の体制を崩すことはない。この点では、ポリアーキーに有利な条件に対する長期的な影響を別にすれば、非ポリアーキーをポリアーキーに変える戦略としては、アメリカの対外援助計画は、総体的に失敗であると宣告しなければならない。私の知る限りで、見事それが成功した例は一つもない。」
 35年前のダールのこの言葉は今日のアメリカのイラク政策とその結果を予言しているような感がある。いわゆるネオコンといわれるブッシュ政権の政策ブレーンは、第二次大戦後日本の民主化に成功したのだからイラクで成功しないわけがないと考えてイラク侵攻を提言したといわれる。彼らはダールをよく読んでおくべきだったと思う。
 しかし、アメリカの失敗をあざ笑ってばかりいることはできない。現にユーラシアには紛争とその後遺症に苦しんでいる諸国、人々がたくさんいる。アメリカとその同盟国が直接介入したイラクやアフガニスタンのような例ばかりではない。むしろそうでなくて紛争が起こっている例が多い。国際社会が関与したか否かを問わず、ユーラシアのおける紛争解決に少しでも寄与したい、そのような人材を育てたいというのが秋野豊ユーラシア基金の趣旨である。
 第8回秋野賞は5月12日(金)に締め切られた。応募者は8名で、前回の16名、前々回の13名と比べると減少している。調査対象とした地域はイスラエル、ネパール、東ティモール、アフガニスタン、アゼルバイジャン、パキスタンなどに及んだ。
 いつものように審査は二段階にわけて行われた。応募者の名前は伏せられ、予備審査の段階で4名に絞り込まれたところで、本審査が行われた。6名の審査委員は、目標が明確・具体的か、計画が体系的で目標の実現に適切か、現地調査を有効に活用できるか、有意義な報告が期待できるかの4項目について、それぞれ採点し、それを事務局の方で集計して採否を決定した。
 いずれもよく準備された計画であった。具体的な紛争に焦点を絞り、現場主義に徹していた。すでに現地体験があり、現地との連絡もとっていて、成果が挙がりそうなプロジェクトばかりだった。残念ながら1名は応募資格の面で問題があり、辞退してもらうことになった。研究計画書はしっかりしたものだったが、他の事業体で有給の職員となる予定があり、秋野賞創設の趣旨 − 経済的に困難な人に対して海外での現地調査実施を優先的に助成する − に若干、抵触する恐れがあったためである。将来、この点がクリアされたのちにあらためて応募してもらえれば幸いである。
 受賞したのは次の2つのプロジェクトである。2つとも対象地域が東ティモールで、また奇しくも申請者はいずれも女性であった。
 まず、「東ティモール独立後の平和構築における青年層の社会統合問題」。申請者は清水麻衣子さん。国際基督教大学教養学部社会科学科卒で、現在、オーストラリア・クイーンズランド大学政治・国際学部修士課程留学中とのこと。これまでにNPOインターバンドに加わってカンボジア、インドネシア、台湾などで選挙監視員の経歴がある。清水さんは主要国際援助機関の平和構築スキームが世界画一的で、社会脱落者を十分に配慮していないと指摘し、「現地社会の自律的な社会統合の動きに沿った」援助を考えたいとしている。行政機構、とくに治安機構の整備だけではなく、社会問題、とくに青年層の失業問題に焦点を絞っているところに特色がある。しかし、セーフティネットについて「社会に対する不満をもった人々に発言機会を与え、不満の受け皿となるような組織であり、一般的に市民社会団体といわれるもの」としているのはやや疑問である。この言葉は、サーカスの綱渡りに張られる安全網から由来していて、一般的には経済の一部で発生した破綻が経済全体の領域にまで波及しないようにする安全装置、たとえば、預金保険、雇用保険、社会保障、都市の社会的安全弁など公的な制度を指しているように思われる。また、43%に上るような失業問題にセーフティネットだけで対応することはできないので、青年組織だけではなく広く経済政策、社会政策を視野に入れるべきではないか。
 次に、「紛争後社会における治安制度構築 − 東ティモールにおける生成と展開」。申請者は安藤友香さん。県立広島女子大学国際文化学部を卒業して、大阪大学大学院国際公共政策研究科博士前期課程を修了し、現在、同博士後期課程在学中とのこと。紛争後社会における治安制度の構築と展開に関心を寄せ、東ティモールの軍、警察、司法制度を調査したいとしている。紛争後の社会においては自由の程度というよりも秩序の程度が問題であり(ハンチントン)、したがって軍、警察、司法制度が最重要問題である。これはパレスチナ、イラク、旧ユーゴスラビア地域を見ても分かる。とりわけ東ティモールのように古い治安制度が完全に崩壊し、姿を消してしまったところでは、ゼロから出発しなければならない。いつまでも国際社会が治安維持の責任を負うことは不可能であることを考えれば、このような研究が実を結ぶことが切実に待たれている。安藤さんは本調査の前に警察設立過程について研究しており、一定の準備があると思われるが、軍と司法制度についてあまり準備がないのが不安材料ではある。
 現地では不穏な情勢が続いていると伝えられる。そのような地域に若い女性を調査に派遣することに一抹の不安がないわけではない。しかし、これは紛争研究の一つの宿命であろう。そのような課題に2人の女性が挑戦するということ、またそれを秋野豊ユーラシア基金が支援することを誇らしく思う。基金がこれまでに支援してきた研究プロジェクトと同じく、清水麻衣子さん、安藤友香さんのプロジェクトもまた、わが国の紛争研究の水準向上に大きく貢献するものと確信する。

審査委員長 
伊東 孝之(早稲田大学政治経済学部教授)


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